夜中、介護しているご家族の呼吸がいつもと違う。熱もあるようだ。救急車を呼ぶべきか、朝まで様子を見てよいのか——。在宅介護をしているご家族の多くが、一度はこの「夜の判断」に直面します。判断を先送りして眠れないまま朝を迎え、日中の介護に疲れをためてしまう。在宅介護が続けられなくなるきっかけは、たいていこうした夜の積み重ねから生まれるのだといいます。訪問介護ステーションひだまりは、開設当初から24時間の緊急対応体制を続けてきた訪問介護事業所です。「夜中でも遠慮なく呼んでほしい、というのが私たちの一番のメッセージです」。そう話す管理者に、体制づくりの具体的な工夫と、その裏側にある考え方をじっくりとうかがいました。

深夜1時の電話から、この事業所の話を始めたい

「深夜1時に、ご家族から電話が鳴りました。『母がベッドから起き上がれなくなって、呼びかけへの反応もいつもと違う』と」。管理者が最初に話してくれたのは、数年前のある夜のエピソードです。電話を受けた当番のヘルパーは、まず電話口でご本人の様子を一つずつ確認しました。呼びかけにどう反応するか、顔色や汗の様子はどうか、直前まで普段どおり過ごしていたか、飲んでいる薬に変わりはないか。ご家族の声は最初ひどく動転していましたが、質問に順番に答えてもらううちに、少しずつ落ち着きを取り戻していったといいます。「電話を切らずに話を聞き続けるだけでも、ご家族の不安はずいぶん和らぎます。でも、私たちは電話だけで終わらせません。迷ったら行く。それがひだまりの決まりです」。

当番ヘルパーは電話から15分で利用者宅に到着しました。ご本人の状態を確認し、かかりつけ医の緊急連絡先と直近の受診記録を整理したうえで、ご家族と一緒に救急要請を判断。結果として救急搬送となり、早期の対応につながったそうです。後日、ご家族から「あの夜、来てくれたことは一生忘れません。あの電話の向こうの声に救われました」という手紙が届きました。この手紙は今も事務所に大切に保管され、新しいスタッフが入るたびに読み継がれています。「私たちが夜間体制を続ける理由は、この手紙に全部書いてあると思っています」。

「駆けつけられる距離」しか引き受けない

24時間対応を掲げる事業所は少しずつ増えていますが、ひだまりの際立った特徴は「対応エリアを意図的に狭くしている」ことです。同事業所が新規のご利用を受けるのは、事務所から車でおおむね15分圏内に限られます。「エリアを広げればご依頼は確実に増えます。でも、深夜に40分かかる場所へは、責任を持って『駆けつけます』とは言えません。看板に書いた言葉を守れる範囲でしか、看板を掲げない。それだけのことです」と管理者は話します。実際、エリア外からの相談には、その地域で夜間対応をしている他の事業所を調べて紹介することもあるそうです。「うちで抱え込むことがご本人のためになるとは限りませんから」。

この方針は、スタッフの負担軽減にも直結しています。移動時間が短いぶん、夜間の呼び出しがあっても睡眠への影響を最小限にでき、翌日の勤務にも無理が出にくい。さらに、エリア内の訪問密度が高いことで日中の移動効率も上がり、一件ごとの訪問に時間の余裕が生まれるといいます。「24時間体制は、気合や使命感だけでは続きません。地図の上の設計から始まる仕組みの話なんです」。エリアを絞るという一見消極的な選択が、実は夜の安心の土台になっている——取材で最初に驚かされたポイントでした。

24時間体制を支える「輪番」の仕組み

ひだまりの夜間当番は、電話を受ける「一次当番」と、出動に備える「二次当番」の2名体制です。一次当番が電話で状況を聞き取り、訪問が必要と判断したら自ら向かうか、二次当番と合流して対応します。当番は月単位のシフトで職員に割り振られ、特定の人に偏らないように調整されています。そして、当番が判断に迷ったときのために、管理者と看護師資格を持つスタッフが常に電話でバックアップに入れる三層構えです。「経験の浅い当番が深夜にひとりで抱え込む状況だけは、絶対につくらないと決めています」。

夜間に出動した職員は、翌日の訪問件数を減らして休息を確保します。夜間対応には手当も設けられており、「夜の頑張りがきちんと処遇に反映されること」も体制が長続きする条件だと管理者は言います。「誰が当番の夜でも、同じ水準の対応ができること。それが利用者さんとご家族に対する24時間体制の信頼の中身です」。電話を受けてから駆けつけ、記録を残してチームに共有するまでの流れは、次の図のように整理されています。

夜間コールから駆けつけまでの流れ。利用者・家族からの電話を一次当番が受けて状況を聞き取り、訪問が必要なら15分圏内へ駆けつけ、対応内容を記録してチームに共有する4ステップの図

「夜に強い職場」は、スタッフがすり減らない職場

24時間体制でいちばん難しいのは、実は「人が続くこと」だと管理者は明かします。夜間対応は、体力だけでなく心理的な負担も大きい仕事です。深夜の判断に「あれで正しかったのか」と後から不安になる職員も少なくありません。ひだまりでは、夜間対応があった翌週までに必ず短い振り返り面談を行い、対応の良かった点を言葉にして返すようにしています。「結果として救急搬送が不要だったとしても、『行くと決めたことが正解』と伝えます。空振りを責める職場では、誰も夜に動けなくなりますから」。

体制を維持するための訓練も欠かしません。ひだまりでは年に数回、夜間対応のシミュレーションを行っています。想定される連絡を実際に電話で受け、聞き取り、記録し、出動判断までを通しで練習するのです。「実際のコールは年に何度もあるわけではありません。だからこそ、いざというとき体が動くように、平時に練習しておくんです。消防訓練と同じ発想です」。訓練のあとには必ず振り返りを行い、聞き取りの項目や記録様式そのものを見直すこともあるといいます。仕組みは作って終わりではなく、磨き続けるもの。この地道さが、24時間という看板の裏側を支えています。

採用の段階でも、夜間当番の頻度や実際の出動回数の目安を包み隠さず伝えているそうです。一方で、育児や家庭の事情で夜間当番に入れない職員には、日中の業務で体制を支える役割を担ってもらっています。「全員が同じ形で頑張る必要はありません。夜に出られる人、日中に厚く働ける人、それぞれの持ち場が噛み合って、はじめて24時間がつながります」。夜に強い事業所とは、夜だけを見ている事業所ではないのだと感じさせられる言葉でした。

看護師資格を持つスタッフが常駐する意味

ひだまりのもう一つの特徴は、看護師資格を持つスタッフが常駐していることです。誤解のないように言えば、訪問介護事業所として医療行為を行うわけではありません。それでも「医療の目で相談できる人が身近にいる」ことの意味は大きいといいます。「ご家族が一番苦しいのは、病院に行くべきかどうかを自分だけで決めなければいけない場面です。私たちは診断はできませんが、『その様子なら今夜のうちに受診を』『まずは明日の朝いちばんにかかりつけ医へ』という判断の整理をお手伝いできます」。

利用開始時には、かかりつけ医・訪問看護・緊急時に頼る医療機関の連絡先一覧をご家族と一緒に作り、冷蔵庫の扉など目につく場所に貼っておいてもらうそうです。深夜に慌てて診察券を探す、お薬手帳が見つからない——そうした混乱を先回りして減らしておくためです。「夜中の不安の正体は、半分くらいが『情報が整理されていないこと』なんです。事前の準備で減らせる不安は、昼間のうちに減らしておく。夜間体制は夜だけの仕事ではありません」。

平時の連携が、緊急時の速さをつくる

夜間の対応力は、日頃の連携の質で決まるとひだまりは考えています。かかりつけ医や訪問看護ステーションとは、日常的に顔の見える関係を築き、サービス担当者会議では「夜間に何かあったとき、誰がどう動くか」をあらかじめ共有しています。医療的な対応が必要になりそうな場面は訪問看護へ、生活面の困りごとはヘルパーへと、夜間の役割分担を平時のうちに決めておくのです。「深夜に『どこに電話すればいいのか』から考え始めるようでは遅い。緊急時の速さは、実は会議室でつくられています」。

夜間に対応した内容は、翌朝のうちにケアマネジャーへ報告するルールも徹底されています。連携先の事業所からは「ひだまりさんの夜の記録は、ケアプランを見直すときの貴重な判断材料になる」と言われることもあるそうです。夜の出来事を抱え込まず、チームケア全体の情報として流通させる。この積み重ねが、地域の中での信頼につながっています。

夜間の記録が、日中のケアを変える

夜間対応は「その場をしのいで終わり」ではありません。ひだまりでは、夜間のコールと対応内容をすべて記録し、翌朝のミーティングでチーム全体に共有しています。「夜の記録には、日中には見えないヒントが詰まっています」と管理者は話します。

たとえば、夜間にトイレの介助依頼が続いた方のケースでは、記録を振り返ると夕方以降に水分摂取が集中していることが分かりました。ケアマネジャーと相談して日中の水分の声かけを見直したところ、夜間のコールそのものが減っていったそうです。「夜のSOSは、日中のケアの通信簿でもあるんです。夜間対応をしているからこそ、24時間の暮らし全体を見てケアを組み立て直せます」。夜間の気づきを日中に返し、日中のケアの改善が夜の安心につながる。この循環は、同事業所のケアの質を支える柱になっています。

夜間の気づきが日中のケアに循環する図。夜間対応の記録をチームで共有し、ケアマネジャー・医療職と検討して日中のケアを見直すことで、夜間の不安そのものが減っていくサイクルを示す

ご家族と交わす「夜の申し送りノート」

在宅介護は、ヘルパーがいない時間のほうが圧倒的に長い営みです。ひだまりでは、ご家族との間に「夜の申し送りノート」と呼ばれる連絡ノートを置いています。夜の様子で気になったことをご家族が書き、ヘルパーは日中の様子や対応のコツを書き添えて返す。この往復が、電話をかけるほどではない「小さな心配」の受け皿になっています。「ノートに書いておけば必ず読んでもらえる、という安心感が大事なんです。小さな心配を小さいうちに拾えれば、夜の大きな不安は育ちません」。

あわせて、利用開始時には「迷わず電話してよい場面」のリストをご家族と一緒に作ります。呼びかけへの反応がいつもと明らかに違うとき、転倒して起き上がれないとき、息苦しさを訴えるとき——。「『こんなことで電話していいのかしら』というためらいが、対応を遅らせる一番の原因です。だから、ためらわなくていい場面を先に決めておくんです」。ノートとリスト。ふたつのアナログな道具が、24時間体制を家族の側から支えています。

「何もなかった夜」も、報告する

ひだまりには、少し変わった習慣があります。夜間のコールが一件もなかった月にも、「今月は夜間の対応はありませんでした」という一文を、月次の報告に必ず入れるのです。「何もなければ報告しない、が普通かもしれません。でも、ご家族にとっては『何もなかった』こと自体が大切な情報なんです。穏やかな夜が続いている、という確認ができますから」と管理者は説明します。

夜間体制は、使う頻度で価値が決まるものではない、というのが同事業所の考え方です。「お守りと同じで、使わない月のほうが多いのが健全です。でも、いざというとき確実に機能することと、機能する体制がずっとそこにあると実感できること。その両方があって、はじめてご家族は夜に眠れるようになります」。実際、利用を始めたご家族からは「電話できる先があると思うだけで、夜の緊張がほどけた」という声が多く寄せられているそうです。

地域の「夜の受け皿」として

ひだまりの夜間体制は、自事業所の利用者のためだけのものにとどまりません。近隣の事業所やケアマネジャーから「夜間対応の体制づくりを教えてほしい」と相談を受けることが増え、輪番表の組み方や記録様式を公開してきました。「夜間対応ができる事業所が地域に増えることは、私たちにとっても心強いことです。一つの事業所で背負える夜には限りがありますから」。

地域包括支援センターや民生委員との関係づくりにも力を入れており、災害時には利用者の安否確認を分担する取り決めも交わしています。「夜と災害は似ています。どちらも、平時の準備がすべて。地域の中で『夜はひだまりに聞けばいい』と思ってもらえる存在でいたいんです」。一事業所の夜間体制が、地域の安心の一部になっている。そんな広がりを感じさせる話でした。

利用を検討している方へ——確認したい3つのこと

最後に、夜間対応のある訪問介護を探している方へのアドバイスを聞きました。管理者が挙げたのは3点です。第一に、「夜間の電話が誰につながるのか」。外部のコールセンター経由なのか、事業所のスタッフが直接受けるのかで、対応のスピード感は変わります。第二に、「実際に駆けつけるまでの流れと目安時間」。自宅が対応エリアのどのあたりに位置するかも含めて、具体的に質問してよいところです。第三に、「夜間対応の記録が日中のケアにどう活かされるか」。

「この3つ目の質問への答え方で、その事業所が夜間対応を『オプション』と考えているか、『ケアの一部』と考えているかが見えてくると思います」。いずれも、契約前の相談や見学の段階で遠慮なく聞いてよいことだそうです。ひだまりでも、契約前の相談の段階で夜間当番の体制図や過去の対応事例(個人が特定されない形のもの)を見せながら説明しているとのこと。「納得して選んでいただくことが、夜中に遠慮なく電話してもらえる関係の第一歩ですから」。

まとめ

夜間の不安は、在宅介護を続けられるかどうかを左右する大きな要素です。訪問介護ステーションひだまりの取り組みからは、24時間体制が「気合」ではなく、エリアの絞り込み、輪番と手当の設計、スタッフの心理的なケア、医療との平時からの連携、記録の循環といった具体的な仕組みの積み重ねで成り立っていることが見えてきました。夜の対応に不安を抱えている方は、お住まいの地域で夜間対応に取り組む事業所に、まず相談から始めてみてはいかがでしょうか。