転院の日程が決まった。退院して家に帰れることになった。うれしいはずの知らせの前に、大きな壁が立ちはだかることがあります。「座って移動するのが難しい」という壁です。一般のタクシーはもちろん、車いす対応の福祉車両でも運べない。ケアタクシーかがやきは、ストレッチャー(寝台)のまま乗車できる車両で、寝たままの移動を支えている事業所です。「移動手段がないために転院や退院をあきらめる、という事態だけはなくしたい」と話す代表に、搬送サポートの実際を聞きました。

「座れない」は、移動をあきらめる理由じゃない

「病院の相談員さんから『ご家族が移動手段で困っている』と連絡をいただくことが、一番多い入り口です」と代表は話します。体を起こすことが難しい方、長時間の座位が体に負担になる方、骨折などで姿勢が制限されている方。座って移動できない事情はさまざまですが、共通しているのは「移動の選択肢が急に狭くなる」ことです。

「救急車は緊急時のためのものですから、予定された転院や退院には使えません。そこで私たちのような民間の搬送サービスの出番になります。『寝たまま運べる車がある』ということ自体を、まず知ってほしいんです」。かがやきには、遠方の病院から地元へ戻る転院、自宅での看取りを選んだ方の退院搬送など、人生の節目に関わる依頼が寄せられています。

病室のベッドサイドから、引き継ぐ

かがやきの搬送は、病院の玄関からではなく、病室のベッドサイドから始まります。「病棟の看護師さんからベッドサイドで状態を引き継ぎ、ストレッチャーへの移乗からお手伝いします」。移乗は体への負担が大きい場面のため、病院のスタッフと協力し、スライディングボードなどの道具も使いながら、ゆっくり丁寧に行います。

引き継ぐのは体だけではありません。当日の体調、移動中に注意すべきこと、到着先へ伝えるべき情報。「看護師さんからの申し送りは、メモを取って到着先の病院や訪問看護師さんに正確に渡します。私たちは医療判断をしない代わりに、情報を運ぶ役目には責任を持ちます」。引き継ぎの間、ご本人への声かけも忘れません。「これから車で○○病院へ向かいますね、と必ずご本人に伝えます。意識がはっきりしない方でも、耳は届いていると考えて話しかけます。ご自分の移動を、ご自分が一番知らないままにはしたくないんです」。医療的なケアが移動中も必要な場合は、看護師の同乗をご家族や病院と調整することもあるそうです。

転院搬送の流れを、最初に共有する

搬送の依頼から当日までの流れも聞きました。まず電話やケアマネジャー・病院の相談員経由で相談を受け、体の状態と搬送の距離・日時を確認して見積もりを提示。当日は病室で引き継ぎ、ストレッチャーへ移乗して車両へ、到着先ではベッドサイドまで送り届けます。「流れを最初に共有しておくと、ご家族の不安がぐっと減ります。当日は『聞いていた通り』が一番の安心ですから」。

転院搬送の流れの図。相談と見積もり、当日の病室での引き継ぎ、ストレッチャーへの移乗と車両への搬入、休憩をはさむ移動、到着先のベッドサイドまで送り届けるという5つのステップを示す

長距離の移動は「休みながら」が鉄則

かがやきには、県をまたぐ長距離の転院依頼もあります。長時間の移動では、同じ姿勢が続くことによる体への負担が課題になります。「長距離の移動では、体位の調整や休憩をはさみながら進めます。時間優先で突っ走ることはしません。到着時刻より、到着したときの体調のほうが大事です」。

出発の時刻にも配慮があります。渋滞の時間帯を避け、体調の安定しやすい時間を選び、到着先の受け入れ準備が整う時刻から逆算する。「長距離ほど、出発前の計画が移動の質を決めます。地図と時刻表だけでなく、ご本人の一日のリズムも見て組むんです」。

休憩のタイミングは、出発前にご本人の状態から計画し、道中の様子を見て柔軟に調整します。パーキングエリアでの体位変換、水分の確認、顔色の観察。「車内にいる時間そのものをケアの時間と考えています。運転席と後部で声をかけ合いながら、『あと30分で休憩しますね』と本人にも見通しを伝える。見通しは、それだけで安心になるんです」。

2名体制と装備が支える安全

ストレッチャー搬送では、必要に応じて2名体制を組みます。「移乗と搬入は、力だけでなく角度と息合わせの技術です。階段や狭い廊下がある現場では、2名でないと安全が確保できません」。事前にご家族から間取りや廊下の幅、エレベーターの有無を聞き取り、体制と機材を決めるそうです。

車両の装備にも触れておきましょう。ストレッチャーの確実な固定装置、振動を和らげる緩衝機構、車内の温度管理、そして酸素ボンベなどの医療機器を安全に載せるためのスペース。「装備は安心の土台ですが、装備だけでは足りません。道の選び方ひとつでも揺れは変わります。段差の少ないルートを事前に調べておくのも、搬送の技術のうちです」。

ストレッチャー搬送を支える装備と体制の図。ストレッチャーの固定装置、振動への配慮、温度管理、医療機器のスペースという車両装備と、2名体制、事前の間取り聞き取り、ルート選定という運用体制を示す

予定より2時間遅れた搬送の話

「時間より体調」を象徴するエピソードを聞きました。県外の病院から地元へ戻る、数時間の長距離転院でのことです。出発してしばらくすると、ご本人の顔色が優れず、疲れの色が濃くなってきました。かがやきの判断は、休憩の追加と延長。予定より2時間遅れの到着になりましたが、到着先の病院には道中から連絡を入れ、受け入れ態勢を調整してもらいました。

「到着が遅れることより、消耗しきった状態で着くことのほうが問題です。ご家族には『遅れてすみません』ではなく『休みながら来ました』とご報告しました。むしろ感謝していただけましたね」。搬送の成否は時計では測れない。この仕事の価値観がよく表れた話です。

「家で最期を」という選択に、間に合わせる

かがやきの搬送の中には、看取り期の退院——住み慣れた家で最期の時間を過ごすための帰宅——もあります。「一刻を争うご依頼もあります。私たちにできるのは、とにかく丁寧に、そして間に合うように運ぶこと。『家に帰れた』という事実が、ご本人にもご家族にも、どれほど大きいか」。

こうした搬送では、訪問診療医や訪問看護との連携が特に重要になります。到着の時刻に合わせて医療チームが自宅で待ち、ベッドへの移乗と同時にケアが引き継がれる。「私たちはリレーの一区間です。バトンを落とさず、次の走者に確実に渡す。それだけを考えて走ります」。搬送を終えたあと、ご家族から「家の天井を見て、ほっとした顔をしていました」という連絡をもらうことがある。その一言が、この仕事の重さと誇りなのだと代表は話します。

退院搬送は「家に入るまで」が仕事

退院の搬送では、自宅に着いてからが本番だと代表は言います。「玄関から寝室まで、家の中の移動が一番難しいことも多いんです。廊下の曲がり角、敷居の段差、ベッドの位置。事前にご家族から間取りを聞き取り、必要なら2名体制で伺います」。到着後は、介護ベッドへの移乗まで手伝い、ご本人が落ち着いたのを見届けてから引き上げます。

在宅介護の始まりに立ち会う仕事でもあるため、福祉用具の事業所や訪問看護との連携も欠かせません。「ベッドの設置が搬送当日に間に合うよう、ケアマネさんや用具の事業所さんと日程をすり合わせます。『家に着いたけれどベッドがない』は絶対に起こしてはいけませんから」。搬送は単独の仕事ではなく、在宅チームのリレーの一区間なのです。

転院先へ、「その人らしさ」も引き継ぐ

かがやきの引き継ぎには、医療情報のメモと並んで、もうひとつの申し送りがあります。その方の「らしさ」の情報です。呼ばれたい名前、安心する話題、音楽の好み、まぶしがりかどうか。「道中で分かったことを、到着先の看護師さんに一言添えるんです。『演歌がお好きで、車内では八代亜紀で穏やかに過ごされました』とか。医療情報ではないけれど、ケアの手がかりになる情報です」。

転院は、ご本人にとって「知っている場所から知らない場所へ」の移動です。「新しい病棟で、初対面の看護師さんが自分の好きな歌手を知っていてくれたら、少しほっとしませんか。私たちが運べる『らしさ』は、そういう小さなことですが、確かに意味があると思っています」。

家族が来られない距離を、電話がつなぐ

遠方への転院では、ご家族が同乗できないこともあります。かがやきは、そんなとき道中の要所でご家族に短い電話やメッセージを入れます。「『いま高速に乗りました。お変わりありません』の一言で、ご家族は仕事をしながらでも安心して待てます。同乗できない罪悪感を抱えているご家族は多いんです。こまめな報告は、その気持ちへのケアでもあります」。

到着後には、引き継ぎが完了したこと、ご本人の様子を必ず報告して仕事を締めくくります。「『無事に着きました』の電話を、ご家族は一日中待っています。最後の報告までが搬送です」。

「もしも」に備える段取り

寝たままの移動には、体調変化のリスクが伴います。かがやきでは、出発前にかかりつけ医や病院からの注意事項を確認し、道中で体調が変化した場合の対応——どの病院へ向かうか、誰に連絡するか——を事前に決めておきます。「『もしも』の段取りを決めておくことは、縁起の悪い話ではありません。決めてあるから、落ち着いて移動できるんです」。

幸い、ほとんどの搬送は何事もなく終わるといいます。「何も起きない移動は、実は準備の成果です。段取り八分、という言葉がありますが、搬送は段取り九分ですね」と代表は笑いました。

家族の心構えも、一緒につくる

搬送の日、ご家族もまた緊張しています。かがやきは、ご家族に「当日の役割」を具体的に伝えることで、その緊張を和らげています。持ち物の管理、到着先での手続き、そしてご本人への声かけ。「ご家族には、手を出す介助よりも、顔の見える位置で声をかけ続けてもらいます。移動中、いちばん力になるのは家族の声ですから」。

転院の搬送では、移動の時間が「家族の時間」になることもあるそうです。「車内で、ご本人の手を握って昔話をされるご家族がいます。病室ではできなかった話が、移動の車内でできることもある。私たちは運転に徹して、その時間を守ります」。

施設から施設への「お引っ越し」も

病院間の転院だけでなく、施設から施設への住み替えの搬送も、かがやきの仕事です。グループホームから特別養護老人ホームへ、有料老人ホームから病院併設の施設へ。「住み替えの搬送は、移動と引っ越しが同時に起きます。ご本人の体の搬送と、長年の暮らしの荷物。両方に心を配ります」。

環境の変化に敏感な方の場合は、使い慣れた毛布や枕を移動中から使い、新しい居室に最初に届くようにするなどの工夫もしています。「新しい部屋に、いつもの匂いのものがひとつあるだけで、落ち着き方が違うとご家族から聞きました。搬送屋にできる環境調整もあるんです」。施設のスタッフどうしの申し送りに同席し、移動中の様子を新しい施設へ直接伝えることもあるそうです。

病院と施設に「顔」を覚えてもらう

かがやきの依頼の多くは、病院の相談員や施設の相談窓口からの紹介です。その信頼は、一件ずつの搬送の積み重ねでできています。「病棟の看護師さんに『かがやきさんなら安心して引き継げる』と言っていただけるようになるまで、何年もかかりました。引き継ぎの丁寧さ、時間の正確さ、報告の確実さ。地味なことの積み重ねしかありません」。

地域の病院・施設との顔の見える関係は、利用者にとってもメリットになります。「病院ごとの搬出経路や エレベーターの癖まで頭に入っていますから、当日の動きに迷いがありません。初めての事業所と、勝手を知った事業所。引き継ぐ側の安心感も違うはずです」。

機材の手入れと訓練は、見えない仕事

ストレッチャーや固定装置の点検、車両の整備、そして移乗の訓練。かがやきでは、搬送のない日にこうした「見えない仕事」を積み重ねています。「機材の不具合は、現場で起きたら取り返しがつきません。出発前点検はもちろん、定期的な分解点検も欠かしません」。

移乗の訓練では、スタッフどうしが利用者役になり、ストレッチャーへの移乗と車両への搬入を繰り返します。「役をやると、どの瞬間が怖いか、どの声かけが安心かが分かります。技術は手で覚え、怖さは体で覚える。訓練の目的はその両方です」。安全は装備と技術と訓練の三点で支えるもの——搬送の裏側には、静かな準備の時間が広がっていました。

相談は早めに、が合言葉

搬送の相談は、日程が決まる前の段階でも受け付けています。「『転院になるかもしれない』の段階で相談していただければ、車両の空きも押さえやすく、準備も丁寧にできます。日程が決まってから慌てて探すと、選択肢が狭まってしまうんです」。病院の相談員やケアマネジャーを通じた相談はもちろん、ご家族からの直接の電話も歓迎だといいます。

「見積もりだけでも、話を聞くだけでも構いません。『こういう移動はできますか』という質問に答えるのも私たちの仕事です。移動の心配は、抱え込まずに投げてください」。搬送の日程がまだ動く可能性がある場合も、その旨を伝えたうえでの仮予約に応じています。「病状によって日程が揺れるのは当然のことです。揺れごと受け止めるのが、この仕事の段取りだと思っています」。

まとめ

ケアタクシーかがやきの取り組みからは、ストレッチャー搬送が「特殊な車両での運搬」ではなく、病室のベッドサイドから自宅のベッドまでをつなぐ、丁寧な引き継ぎと段取りの仕事であることが見えてきました。ストレッチャー対応の可否、2名体制の手配、医療情報の引き継ぎ方、休憩を含む移動計画。転院・退院の日程が見えてきたら、早めの相談が何よりの備えになります。