退院が決まった。うれしい知らせのはずなのに、ご家族の頭の中は急に忙しくなります。ベッドはどうする、車いすは通れるのか、トイレまで歩けるのか——。退院日から自宅の暮らしを整えるまでの時間は、思っているよりずっと短いものです。福祉用具プラザこかげは、その準備を「退院前」から始めることにこだわる福祉用具の事業所です。「退院当日に『使えない』を起こさないのが私たちの仕事です」と話す福祉用具専門相談員に、選定サポートの実際を聞きました。

退院までの時間は、思っているより短い

「退院の連絡をいただいてから実際の退院日まで、数日しかないことも珍しくありません」と相談員は話します。その短い期間に、ベッドの手配、手すりの検討、搬入と設置、使い方の説明までを終えなければならない。準備が間に合わなければ、退院初日から不便と危険の中での生活が始まってしまいます。

「一番避けたいのは、『とりあえず』で選んだ用具が体に合わず、退院直後の転倒につながることです。退院直後は、環境が変わって一番不安定な時期ですから」。だからこかげは、退院が視野に入った段階——できれば入院中から相談を受け、準備の時間を前倒しでつくることを勧めています。「『退院が決まってから』ではなく『退院が見えてきたら』。この一歩の前倒しが、その後の暮らしの安全を大きく変えます」。

退院カンファレンスに、福祉用具の目線で同席

こかげの相談員は、依頼があれば病院での退院前カンファレンスに同席します。医師や看護師、リハビリ職、ケアマネジャーが集まるこの場に「福祉用具の目線」が加わることで、話が一気に具体的になるといいます。「リハビリの先生が『立ち上がりは手すりがあれば自立』と評価されたら、私はその場で『では玄関の上がりかまちに縦手すりを』と自宅の話に翻訳できます。病院でできることと、家でできることをつなぐのが私たちの役目です」。

カンファレンスの前には、可能な限り自宅の下見を済ませておきます。「病院での議論を、実際の家の寸法と間取りの上で検討できるようにしておくんです。『廊下の幅は78センチなので、この車いすなら通れます』と即答できると、退院準備は迷いなく進みます」。

自宅の下見で測っているもの

その下見では、何を見ているのでしょうか。玄関の上がりかまちの高さ、廊下と出入り口の幅、トイレの広さと便座の高さ、浴室のまたぎの高さ、ベッドを置く部屋の広さとコンセントの位置。さらに、家の中だけでなく、玄関から道路までのアプローチや駐車スペースも確認します。「通院で車いすを使うなら、家の中だけ整えても足りません。玄関前の段差で立ち往生、では困りますから」。

数字だけでなく、暮らしの聞き取りも重ねます。どの部屋で一日を過ごしたいか、トイレは夜に何回くらいか、お風呂は誰が介助するのか。「同じ間取りでも、暮らし方によって必要な用具は変わります。寸法と暮らし、両方を測るのが下見です」。下見の結果は写真と寸法つきの記録にまとめられ、カンファレンスの場で病院側とも共有されます。「家の情報が手元にあると、リハビリの先生が退院までの練習メニューを家に合わせて調整してくださることもあります。下見は、病院のリハビリと家の暮らしをつなぐ資料でもあるんです」。退院前から始まる選定の流れは、次の図にまとめました。

退院前から始まる福祉用具選定の流れの図。入院中の相談、自宅の下見と採寸、退院カンファレンスへの同席、退院前の搬入・設置・試運転、退院当日からの生活開始という5つのステップを示す

「退院当日に使えない」を起こさない段取り

用具が決まったら、搬入と設置は退院日の前に済ませます。ベッドの組み立て、高さの調整、手すりの固定。そして大切なのが「試運転」です。「設置して終わりではありません。ベッドの背上げを実際に動かし、手すりに体重をかけ、車いすで廊下を通ってみる。家の中で、道具が本当に働くかを確かめます」。

介助するご家族には、退院前に操作を一通り体験してもらいます。「ベッドの操作もリモコンひとつですが、慣れていないと夜中に慌てます。昼間のうちに、落ち着いて練習しておいてもらうんです」。操作の説明書とは別に、よく使う操作だけを大きな字でまとめた一枚紙を、ベッドサイドに貼っておくことも多いそうです。退院当日は、ご本人の帰宅に合わせて相談員が訪問し、実際の体に合わせた最終調整を行うこともあるそうです。「当日は微調整だけ、という状態にしておく。それが段取りの目標です」。

展示スペースは「試着室」として使ってほしい

こかげの事務所には、ベッドや車いす、歩行器が並ぶ展示スペースがあります。相談員はここを「試着室」と呼びます。「服を試着せずに買う人は少ないのに、体を預ける福祉用具は案外カタログだけで決められてしまう。実物に触れて、座って、押してみてから決めてほしいんです」。

車いすなら実際に座って自走し、曲がりやすさを確かめる。歩行器なら握りの高さを調整して展示場を一周してみる。ベッドなら背上げの動きに身を任せて、体の曲がる位置が合っているかを感じてみる。「数分試すだけで、『これは違う』が分かることも多いんです。ご家族も一緒に来ていただければ、押しやすさや介助のしやすさも確かめられます」。下見や退院準備の合間に、展示場での試用を組み込むのがこかげの定番の流れになっています。

搬入日の裏側にある、小さな段取り

ベッドの搬入と聞くと単純な配達のようですが、実際には細かな段取りの塊です。搬入経路の幅の確認、部屋の養生、既存の家具の移動、梱包材の持ち帰り。こかげでは搬入前にこれらを一つずつ確認し、当日の作業を短時間で終えられるよう準備します。「入院中のご本人がいない間に部屋の模様替えを伴うことも多いので、ご家族と『どこに何を動かすか』を先に決めておきます。畳の部屋なら、ベッドの脚の跡がつかない敷板の用意も忘れずに」。

こうした細部は、退院後の暮らしの快適さに直結します。「ベッドの向きひとつで、テレビが見えるか、窓の光がまぶしくないか、介助のスペースが取れるかが変わります。家具の配置は暮らしの設計図。搬入は、その設計図の仕上げ工程なんです」。

「使ってみて合わなければ交換」が当たり前

こかげが利用者に必ず伝えている言葉があります。「合わなければ、遠慮なく交換を申し出てください」。介護保険での福祉用具貸与——いわゆるレンタルの最大の強みは、実際の暮らしの中で試せることです。「カタログでは良さそうでも、暮らしは使ってみないと分かりません。数週間使って合わなければ、別の機種に替えればいい。それができるのがレンタルの価値です」。

実際、退院直後と1ヶ月後では体の状態が変わり、用具の見直しが必要になることも多いといいます。「回復して手すりが不要になるのは、うれしい交換です。逆に、状態に合わせて機能を足すこともあります。用具は一度決めたら終わりではなく、体と暮らしに合わせて衣替えしていくものだと考えてください」。

導入後も、定期訪問で「その後」を見る

福祉用具貸与では、導入後も定期的に相談員が訪問し、用具の状態と使われ方を確認することになっています。こかげはこのモニタリング訪問を「形だけにしない」ことを大切にしています。「点検はもちろんしますが、本当に見たいのは使われ方です。ベッドの柵に洗濯物がかかっていたら、柵として使われていない証拠かもしれない。手すりの前に物が置かれていたら、動線が変わったのかもしれない」。

使われていない用具は、理由を聞いて調整するか、思い切って引き上げます。「使わない用具を置き続けるのは、場所の無駄であると同時に、つまずきの原因にもなります。『返す』提案も私たちの仕事のうちです」。

ケアマネジャー・リハビリ職との三者連携

用具の選定は、こかげ単独で行うものではありません。ケアプランを立てるケアマネジャー、体の機能を評価するリハビリ職と情報を共有しながら進めます。「私たちは道具のプロですが、体のプロはリハビリ職、暮らし全体の設計者はケアマネさんです。三者の視点が揃うと、選定はまず外しません」。

導入後の変化も、この三者で共有されます。「モニタリングで気づいた『最近立ち上がりがつらそう』は、ケアマネさんに伝えればサービス全体の見直しにつながります。用具の窓口は、暮らしの変化を捉えるセンサーでもあるんです」。

レンタルと購入、どう使い分ける?

福祉用具には、レンタルで使うものと購入するものがあります。ベッドや車いす、手すりなどはレンタルが基本ですが、入浴や排泄に使う用具は衛生面から購入品目とされています。「使い分けの原則はシンプルです。体の状態に合わせて替えていくものはレンタル、肌に直接触れるものは購入。迷ったら遠慮なく聞いてください」。

購入の際も、こかげでは「試せる機会」をできる限り用意しています。展示スペースでシャワーチェアに実際に座り、ポータブルトイレの高さを確かめてから選べるようにしているのです。「購入品はやり直しがききにくいぶん、選ぶ前の確認を丁寧に。展示場は『試すための場所』として使ってほしいですね」。レンタルと購入の考え方は、次の図のように整理できます。

レンタルと購入の使い分けの図。体の状態に合わせて交換していくベッド・車いす・手すりなどはレンタル、肌に直接触れる入浴・排泄用品は購入という原則と、迷ったら相談という流れを示す

「一時的な介護」の相談も歓迎

こかげに寄せられる相談は、長期の介護に限りません。骨折後の数ヶ月だけ車いすを使いたい、退院直後の不安定な時期だけ手すりがほしい。そんな「一時的な介護」の相談も多いといいます。「レンタルは、期間が読めない場面にこそ向いています。回復したら返せばいい。『もう要らなくなりました』は、私たちにとって一番うれしい返却です」。

回復期の用具は、状態の変化が速いぶん、こまめな見直しが重要になります。「先週は車いすだった方が、今週は歩行器で歩けるようになる。回復のスピードに用具が置いていかれないよう、短い間隔で様子を見に伺います。用具が回復の邪魔をしてはいけませんから」。

「なぜこれを選んだか」を説明できる仕事

福祉用具専門相談員という仕事について尋ねると、相談員は「説明責任の仕事です」と答えました。数ある機種の中からなぜこれを提案するのか、他の選択肢と比べて何が違うのか。こかげでは、提案の際に必ず複数の選択肢を示し、それぞれの長所と短所を説明したうえで選んでもらう方針を取っています。「『お任せします』と言われても、選んだ理由はお伝えします。理由を知って使う道具は、大切に正しく使ってもらえるんです」。

新しい用具の情報収集も欠かせません。展示会への参加、メーカー研修、事業所内での勉強会。「福祉用具は毎年進化しています。去年の最適解が今年も最適とは限らない。学び続けることも、この仕事の説明責任のうちだと思っています」。

費用の話は、最初に率直に

気になる費用についても聞きました。介護保険を使った福祉用具のレンタル・購入には、要介護度に応じた枠や対象品目の決まりがあります。こかげでは、最初の相談の段階で、何が保険の対象になり、自己負担がどのくらいになるかの見通しを必ず説明するそうです。「お金の話を後回しにすると、あとで必ず不信につながります。制度の枠組みと概算は、最初にお伝えする。分からないことは分からないと言って、ケアマネさんと一緒に確認します」。

保険の対象にならない便利グッズについても、必要であれば正直に伝えます。「保険適用の用具だけで暮らしが整うとは限りません。ただし、売りたいから勧めるのではなく、必要だから提案する。この順序は絶対に守ります」。

「まだ早いかも」という遠慮に、答えたい

相談をためらう理由として多いのが、「まだ介護というほどではないから」という遠慮だそうです。相談員は、この「まだ早いかも」こそ相談の適期だと言います。「用具は、弱ってから使う道具ではありません。弱らないために使う道具でもあるんです。杖や歩行器を早めに使って外出を続けたほうが、足腰は長持ちします」。

「用具に頼ると衰える」という思い込みにも、丁寧に反論してくれました。「頼るところを道具に任せるから、残った力を使う余裕が生まれるんです。全部を自力で頑張って外出が億劫になるほうが、よほど衰えを早めます。道具は白旗ではなく、暮らしを続けるための装備です」。展示場での気軽な試用から始めて、必要になったら本格的に。その入り口の低さが、こかげが地域で果たしている役割なのだと感じました。

相談の入り口は、どこからでも

福祉用具の相談は、ケアマネジャー経由が一般的ですが、こかげでは家族からの直接の相談も歓迎しています。「『まだ介護保険の申請もしていないんですが』という段階の方が、展示場にふらっと来られることもあります。大歓迎です。制度の入り口からご案内しますし、必要なら地域包括支援センターにおつなぎします」。

早く相談するほど選択肢は広がる、と相談員は繰り返します。「退院や介護の始まりが見えた段階、それが最良の相談タイミングです。準備の時間は、安全に直結しますから」。取材の最後、展示場の入り口に貼られた手書きの言葉が目に留まりました。「見るだけ、触るだけ、大歓迎」。福祉用具との最初の出会いを、できるだけ軽くしておきたい。その姿勢が、退院前からの手厚い伴走と地続きにあるのだと感じました。

まとめ

福祉用具プラザこかげの取り組みからは、福祉用具の選定が「カタログから選ぶ買い物」ではなく、「退院前から始まる暮らしの設計」であることが見えてきました。退院カンファレンスへの同席、自宅の下見、退院前の試運転、導入後のモニタリング。事業所を選ぶ際は、「退院前にどこまで関わってもらえるか」「導入後の訪問で何を見てくれるか」を聞いてみると、その事業所の仕事の深さが分かるはずです。