ベッドで過ごす時間が長くなってきた家族を見て、ふと心配になる。「床ずれ、大丈夫かしら」——。床ずれ(褥瘡)は、寝たきりに近づくほどリスクが高まる一方で、適切な用具と関わり方で予防できる余地が大きいものでもあります。福祉用具のたんぽぽは、床ずれ予防のマットレス選びを「体格」と「一日の過ごし方」の聞き取りから始める事業所です。「柔らかいマットレスを勧めておけばよい、という仕事ではありません」と話す福祉用具専門相談員に、選び方の考え方を聞きました。
床ずれは「仕方ない」ものではない
「床ずれは寝たきりなら仕方ない、と思っている方がまだ多いんです。でも、予防のためにできることはたくさんあります」と相談員は話します。床ずれは、体の同じ場所に体重がかかり続けることで皮膚と組織が傷んでしまう状態です。つまり、圧力を分散し、同じ姿勢が続かないように工夫できれば、リスクは下げられる。「用具はそのための強力な道具です。ただし、選び方を間違えると効果が出ないどころか、別の問題を生むこともあります」。
その「別の問題」こそ、たんぽぽの選定が慎重な理由です。「床ずれ予防だけを見てマットレスを選ぶと、寝返りや起き上がりがしにくくなることがあるんです。予防と自立は、ときに引っ張り合います。その綱引きの落としどころを探すのが、私たちの仕事です」。
「柔らかければ良い」ではない理由
床ずれ予防のマットレスといえば、体圧を分散する柔らかいもの、と考えがちです。しかし相談員は「柔らかさは万能ではない」と釘を刺します。「柔らかいマットレスは体が沈み込むので、体圧分散には優れています。でも、沈み込んだ体は動かしにくい。ご自身で寝返りができる方に柔らかすぎるものを入れると、寝返りの力を奪ってしまうことがあります」。
寝返りは、体が自然に行っている最良の床ずれ予防です。「自分で動ける力が残っているなら、その力を活かせる硬さを選ぶ。動けないなら、機械の力で圧を逃がすエアマットレスを検討する。『どれが一番良いマットレスか』ではなく、『この方の体に何を任せ、道具に何を任せるか』を考えるんです」。端に座って立ち上がる動作のしやすさも、硬さ選びの大事な要素です。「マットレスの縁が柔らかすぎると、座ったときに沈んで立ち上がりにくくなります。寝ている時間と、ベッドの縁を使う瞬間。どちらも見て選びます」。
聞き取るのは、体格と「一日の過ごし方」
では、何を手がかりに選ぶのでしょうか。たんぽぽの聞き取りは大きく二つ。体格と、一日の過ごし方です。体格では、身長・体重に加えて、痩せて骨が出ている場所がないか、皮膚の状態はどうかを確認します。「同じ体重でも、骨の当たり方は人によってまったく違います。かかと、腰、肩甲骨。当たりやすい場所を知ることが出発点です」。
一日の過ごし方では、ベッドにいる時間の長さ、自分で寝返りができるか、日中はどのくらい離床するか、食事はベッドの上かを聞きます。「一日のほとんどをベッドで過ごす方と、夜だけ休む方では、マットレスに求める仕事量が違います。ベッド上で食事をするなら、背上げしたときの姿勢の崩れも考えなければいけません」。この二軸で考える選定の枠組みを、図に整理しました。
医療職・リハビリ職の目も借りる
たんぽぽの選定は、事業所内で完結しません。皮膚の状態については訪問看護師の観察を、動きの評価についてはリハビリ職の意見を聞き、ケアマネジャーを通じて情報を集めてから提案します。「皮膚に赤みが出ているかどうかで、選ぶべき用具の緊急度は変わります。それは医療の目でないと正しく判断できません。私たちは道具のプロとして、医療の情報を道具の選択に翻訳します」。
すでに床ずれができてしまっている場合は、治療と並行した用具の見直しになるため、医療職との連携はさらに密になります。「その段階では、私たちの独断は禁物です。主治医や看護師の方針に道具を合わせていきます」。
マットレスだけでは、床ずれは防げない
意外なことに、相談員は「マットレスは床ずれ予防の一部でしかない」とも言います。座っている時間の長い方には車いすやいすのクッションが重要になり、背上げの角度や姿勢の直し方、栄養状態も深く関わります。「ベッドの上だけ見ていては足りないんです。日中どこでどう座っているか、食事はとれているか。床ずれは暮らし全体の結果ですから」。
たんぽぽでは、マットレスの相談を受けたとき、必ず座位の環境もあわせて確認するそうです。「マットレスを替えたのに良くならない、という相談の原因が、実は日中の車いすの座り方だったこともあります。道具屋だからこそ、道具の限界も正直にお伝えします」。栄養や医療的なケアが関わる部分は、ケアマネジャーや看護師に橋渡しします。
背上げのあとの「ひと手間」を伝える
ベッドの背上げ機能は便利ですが、使い方にコツがあります。背を上げると、体はわずかに足側へずれ、皮膚は引っ張られたままになります。この状態が続くことも、皮膚への負担になり得るのです。たんぽぽでは、導入時にご家族へ「背抜き」と呼ばれるひと手間を伝えています。背上げのあとに体を軽く起こし、背中とマットレスの間の張り付きをふっと逃がす動作です。「道具の機能は、使い方とセットで初めて予防になります。リモコンの操作だけでなく、そのあとのひと手間まで含めてお伝えするようにしています」。
背上げの角度と足上げの組み合わせも、体のずれを減らす大事な設定です。「先に足を少し上げてから背を上げると、体がずり落ちにくくなります。順番ひとつの話ですが、毎日のことなので効果は積み重なります」。
座っている時間の「圧」も忘れない
ベッドの外にも、床ずれのリスクは潜んでいます。日中を車いすや椅子で過ごす方の場合、座面にかかる圧も無視できません。たんぽぽでは、マットレスの相談時に日中の座位環境を必ず確認し、必要に応じて車いす用のクッションを提案します。「お尻の骨の当たり方は、座っているときのほうが集中しやすいんです。ベッドを整えて座面がそのまま、では片手落ちになります」。
座り方そのものへの目配りも欠かしません。足がフットサポートに正しく乗っているか、体が左右に傾いていないか、長時間同じ姿勢になっていないか。「クッションを入れても、姿勢が崩れていれば効果は半減します。リハビリ職と相談しながら、座る環境全体を整えていきます」。
寝具やパジャマも、予防の一部
意外な盲点として、相談員は寝具とパジャマの話もしてくれました。シーツのしわ、パジャマの厚い縫い目やボタン、腰に挟まったタオル。「皮膚の弱い方には、シーツのしわ一本でも圧の集中点になり得ます。高機能なマットレスの上に、しわだらけのシーツが敷かれていたらもったいないですよね」。
湿気も皮膚の大敵です。汗や排泄で湿った状態が続くと、皮膚はふやけて傷つきやすくなります。「通気性のよい寝具の選び方や、こまめな交換のしやすさも、ご家族と一緒に考えます。予防は、大きな道具と小さな習慣の両方でできているんです」。
体位変換の負担を、道具で軽くする
自力で寝返りが難しい方の場合、ご家族による体位変換が予防の柱になります。しかし、これはご家族の体に大きな負担がかかる仕事でもあります。たんぽぽでは、スライディングシートやポジショニング用のクッションなど、体位変換を助ける道具もあわせて提案しています。「介護するご家族の腰が壊れてしまったら、在宅の暮らしは続きません。ご本人の皮膚とご家族の腰、両方を守るのが道具の役目です」。
道具の使い方は、訪問時にご家族の実演を交えて練習します。「一度体験すると、『こんなに軽く動かせるんですか』と驚かれます。頑張り方を変えるだけで、介護は続けやすくなるんです」。訪問看護師やヘルパーが入っているご家庭では、同じ道具を同じ手順で使えるよう、使い方のメモを共有することもあります。「関わる人みんなが同じやり方なら、ご本人の体への負担も揃って小さくなります」。
導入後の見直しこそ、レンタルの真価
マットレスを導入したら、そこからが本番です。たんぽぽは月に一度の定期訪問で、用具の状態だけでなく、体の変化と使われ方を確認します。「体重の増減、離床時間の変化、皮膚の様子。マットレスの答え合わせは、導入後の暮らしの中にしかありません」。
合わなくなっていれば、機種を交換します。「導入して終わりではなく、合わなくなったら交換する。それができるのがレンタルの良さです。床ずれ予防の用具は特に、状態の変化に合わせた衣替えが命です」。エアマットレスの設定圧の調整、ベッドの背上げと足上げの組み合わせの見直しなど、交換までいかない微調整も訪問のたびに行われます。導入後のサイクルは次の図のとおりです。
家族が気づける「サイン」を共有する
定期訪問は月に一度。その間の変化に気づけるのは、毎日そばにいるご家族です。たんぽぽでは、導入時にご家族へ「気づいてほしいサイン」を伝えています。骨の出ている場所の皮膚に赤みが続いていないか、寝返りの回数が減っていないか、ベッドにいる時間が長くなっていないか。「診断はできなくていいんです。『いつもと違う』に気づいたら、私たちかケアマネさん、看護師さんに連絡してください。早く動けば、打てる手は多くなります」。
連絡のハードルを下げるため、「こんなことで連絡していいのか、と迷ったら連絡してください」とも伝えているそうです。「用具のきしみ音ひとつでも構いません。小さな連絡が、大きな悪化を防ぐんです」。導入時に渡す資料には、観察のポイントを写真つきでまとめた一枚と、連絡先を大きく書いたカードが入っています。「冷蔵庫に貼っておいてください、とお願いしています。迷った夜に、探さず電話できるように」。
一番見落とされやすいのは「かかと」
床ずれの話で、相談員が特に強調したのが「かかと」です。「腰やお尻は皆さん気にされるのですが、かかとは見落とされがちです。細い骨に皮膚が薄く張っている場所で、仰向けの時間が長いとじわじわ圧がかかり続けます」。かかとの予防は、クッションの使い方にコツがあります。かかとの下に直接クッションを入れるのではなく、ふくらはぎ全体を支えて、かかとをわずかに浮かせるのです。「点で守るのではなく、面で受けて点を浮かせる。この原則を知っているだけで、ご家庭でできる予防がひとつ増えます」。
たんぽぽの定期訪問では、皮膚の観察ポイントとしてかかとと外くるぶしも必ず確認するそうです。「靴下に隠れて見えない場所ほど、意識して見る。予防は、見る場所のリストを持つことから始まります」。
「なんとなく」ではなく、手で確かめる
マットレスの効き具合を、たんぽぽは感覚だけで判断しません。導入時と定期訪問では、体の下に手のひらを差し入れて、骨の当たり方と沈み込みの深さを確かめる「底付きチェック」を行います。「マットレスが柔らかすぎて底の板に骨が届いていたら、体圧分散どころではありません。手で触れば、カタログの数字では分からない実際が分かります」。
エアマットレスの場合は、体重に合わせた設定圧になっているかも確認します。「設定を体重に合わせたつもりでも、季節の衣類の厚みや体重の変化でずれていきます。道具は生き物と一緒に暮らしている。だから定期的に手で確かめるんです」。
ベッドまわり全体を、ひとつの環境として整える
マットレスの相談は、ベッドまわり全体を見直す機会にもなります。ベッドの高さは、端に座ったとき足の裏がしっかり床につくか。柵の位置は、起き上がりの手がかりとして使いやすいか。夜中にトイレへ立つなら、足元灯やベッドからの動線はどうか。「マットレスだけ良くしても、ベッドから降りる動作が危なければ意味がありません。寝る・起きる・立つ・歩き出す。一連の動作をひとつの環境として整えます」。
こうした調整の多くは、追加の費用がかからない範囲でできるといいます。「高さの調整も柵の入れ替えも、いまある道具の設定変更です。もったいないのは、調整できることを知らないまま使い続けることです」。気になることがあれば、定期訪問を待たずに聞いてほしいと相談員は言います。
予防がうまくいった家に、共通していること
長年この仕事を続けてきた相談員に、床ずれ予防がうまくいくご家庭の共通点を聞きました。答えは「連絡が早い家」でした。「小さな赤みの段階で連絡をくれる、寝返りが減った気がすると電話をくれる。早い連絡は、軽い対応で済みます。重くなってからの相談は、打てる手が限られてしまう」。
そしてもうひとつが、「完璧を目指さない家」だそうです。「体位変換の時間を守れなかった、と自分を責めるご家族がいます。でも、在宅介護は満点を取り続ける試験ではありません。道具に任せられることは任せて、人は人にしかできないことをする。その割り切りができたご家庭ほど、結果として予防も長続きしています」。頑張りすぎない仕組みをつくることが、私たち道具屋の存在意義です——その言葉が印象に残りました。
まとめ
福祉用具のたんぽぽの実践からは、床ずれ予防のマットレス選びが「柔らかさ比べ」ではなく、体格と過ごし方の聞き取り、医療・リハビリ職との連携、導入後の見直しまで含めた継続的な仕事であることが見えてきました。ベッドで過ごす時間が長くなってきたと感じたら、症状が出る前の早めの相談が何よりの予防になります。定期的に様子を見に来てくれる事業所、道具の限界も正直に話してくれる事業所を選んでください。